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千葉地方裁判所 平成8年(わ)907号 判決

主文

被告人を懲役一〇年及び罰金三〇〇万円に処する。

未決勾留日数中二〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるヘロイン一二袋(平成八年押第二五八号の1ないし12)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、みだりに、営利の目的で、麻薬を輸入しようと企て、ビニール袋に小分けされた麻薬であるジアセチルモルヒネの塩酸塩二〇六九・〇四グラム(平成八年押第二五八号の1ないし12はいずれもその鑑定後の残量である。)を、自らが着用する腹巻き様の物のポケット内、左右両靴の中敷内及び自己所有の黒色ボストンバッグ内にそれぞれビニール袋に入れて小分けするなどして分散隠匿して携帯した上、平成八年六月二一日(現地時間)、タイ王国バンコク国際空港において、日本航空第七一八便に搭乗し、同月二二日午前六時三二分ころ、千葉県成田市古込字古込一番地の一所在の新東京国際空港第八四番駐機場に到着し、右麻薬を携帯隠匿したまま、同航空機から降り立って本邦内に持ち込み、もって、麻薬を輸入するとともに、同日午前七時二〇分ころ、右のとおり麻薬を隠匿携帯して同空港内東京税関成田税関支署第二旅客ターミナルビル旅具検査場Aゾーン五番検査台に向かい、その事実を秘して同支署税関職員による携帯品検査を受けて通関させようとし、もって、関税定率法上の輸入禁制品である麻薬を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)《略》

(事実認定の補足説明)

一  弁護人は、被告人には本件物が麻薬であるとの認識はなかった旨主張し、被告人も、運んでいた物は睡眠薬であると思っており、麻薬であるとは知らなかった旨供述するので、この点につき検討する。

ところで、被告人は捜査、公判を通じて「運搬を依頼した男から、運搬する物は「ヤーノーン」(睡眠薬の意味)と聞いていたので、そのまま睡眠薬であると信じていた。」旨供述している。しかし、右供述は、以下の諸点に照らし、信用できない。すなわち、被告人はこれまで本件を含み合計四回にわたって、同一人物の依頼を受け、同様の運搬を継続して行っていたものであるところ、各運搬の態様が履いていく靴の中(二回目以降)や腹巻き様の物(三回目以降)に運搬物を入れるといういかにも発見をおそれて隠匿しているというような不自然なものであったこと、その報酬が単に睡眠薬を運ぶにしては不釣り合いに高額な一五〇〇ドル(一回目から三回目まで)あるいは二〇〇〇ドル(本件)であったこと、また被告人は運搬物が白い粉末である(通常の睡眠薬の形状とは異なっている。)ことを認識していたこと(本件)等である。

一方、被告人は、三回目に依頼を受けた際、不自然な運搬形態等から運ぶ目的物の性質について不安を覚え、あるいは麻薬かもしれない(乙三、五)とか、何か違法なものかもしれない(乙一四)と思ったとも供述している。前記諸状況下において、右供述をみれば、右供述こそ十分納得し得るところであり、信用できるというべきである。なお、被告人の供述には、「運搬物の内容について不安に思いながら、それがどんなものであるか具体的にイメージしたり、考えたりしたことはなかった。」とする部分もある(乙一三、一四、公判)が、前記不自然とすべき各諸点が存在する状況下において、運搬する当の本人がそのような心情であり得るものか、これまた不自然といわざるを得ず、信用できない。

こうして右諸事情を総合すれば、被告人には、少なくとも本件密輸に係る物が麻薬であるとの未必的な認識があったと認められる。ただし、右認識にはさらに進んで本件密輸にかかる物がジアセチルモルヒネの塩酸塩(以下「ヘロイン」という。)であるとの確定的な認識があったとまでは認めることができない。しかし、右認識には、ヘロインを除く趣旨であったとか、あるいはそれがヘロイン以外の麻薬に該当するとの認識であったというような事情はないから、ヘロインも麻薬の一種である以上、被告人にはヘロイン輸入の故意が認められるとするに十分である。

また、被告人に右のような認識があったことを前提にしてはじめて、被告人の乗り継ぎカウンターでの空席確認の際の執拗な態度、税関検査を受けるまでの逡巡した態度、そして税関検査の際の回避的な態度等のやや不自然と目すべき態度がいずれも納得して理解し得るものであることを付言する。

二  なお、弁護人は、被告人は、本件ヘロインをアメリカに運ぶ途上であり、日本国内に持ち込む認識はなかったので無罪である旨主張するのでこの点について付言する。関係証拠によれば、被告人は、本件ヘロインを日本を経由してアメリカ合衆国に持ち込むつもりであったとはいうものの、たとえ一時的なものであれ、乗り継ぎのため現に麻薬を日本国内に搬入することを認識した上で航空機から取り降ろし、さらに通関のため税関検査を受けていることが認められるのであるから、被告人の判示ヘロインの日本国内への持込み行為が麻薬の輸入罪、輸入禁制品の輸入未遂罪に該当することは明らかというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、営利の目的でジアセチルモルヒネの塩酸塩を輸入した点は、麻薬及び向精神薬取締法六四条二項、一項に、輸入禁制品に当たる貨物である麻薬を輸入しようとして遂げなかった点は、関税法一〇九条二項、一項、関税定率法二一条一項一号にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い麻薬及び向精神薬取締法違反の罪の刑で処断することとし、所定刑中情状により有期懲役刑及び罰金刑を選択し、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇年及び罰金三〇〇万円に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中二〇日を右懲役刑に算入することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、押収してあるヘロイン一二袋(平成八年押第二五八号の1ないし12)は、いずれも判示麻薬及び向精神薬取締法違反の罪に係る麻薬で被告人が所持するものであるから、麻薬及び向精神薬取締法六九条の三第一項本文によりこれらを没収する。

(量刑の理由)

被告人は、報酬を得る目的で本件ヘロインを密輸入しようとしたもので、もとより動機に酌むべき点は全くなく、その量は二キログラム余と極めて多量である上、その密輸の形態も小分けしたヘロインを腹巻き様の物、自分の履いている靴の中敷の下、あるいはボストンバッグの中にそれぞれ隠匿するというもので、組織的、計画的に実行されたものと認められ、犯行態様は巧妙かつ悪質である。被告人の行為は厳しい非難を免れず、その刑事責任は重大というべきである。

しかしながら、本件ヘロインは税関で発見押収され、日本国内への拡散は未然に阻止されたこと、被告人は自らヘロインの密輸入を計画したものではなく、いわゆる運び屋にとどまること、公判廷においては、本件犯行の重大性を認識し、反省の情を示していること、その母親が当公判廷において、被告人に対する今後の指導監督を誓約していることなど被告人のために酌むべき事情も認められる。そこでこれらの事情も総合考慮して、被告人を主文に掲げた刑に処するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北島佐一郎 裁判官 原 啓 裁判官 金子大作)

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